【神経科学トピックス】
神経細胞の個性化と精緻な回路形成に必要な発生初期のDNA修飾メカニズムを解明
〜iPS細胞を用いたキメラマウスの実験で証明〜

【神経科学トピックス】
神経細胞の個性化と精緻な回路形成に必要な発生初期のDNA修飾メカニズムを解明
〜iPS細胞を用いたキメラマウスの実験で証明〜

大阪大学大学院生命機能研究科 時空生物学講座 心生物学研究室
博士研究員 豊田峻輔

 脳は多数の神経細胞によって複雑な回路網を形成し、高度な情報処理を行っています。近年の生理学的な解析などにより、個々の神経細胞は、同じ種類であっても独自の特性を持ち、個性的な振る舞いをしていることが明らかになってきています。また、マウスの嗅覚受容体やショウジョウバエの神経接着因子Dscamの研究により、多様化した膜タンパク質の確率的な発現は、神経細胞の個性化とそれに伴う特異的な回路形成に重要であることが示されています。しかし、中枢神経系における神経細胞個性化の分子メカニズムの多くは未だ謎のままです。
 クラスター型プロトカドヘリン分子群(cPcdh)は58種の多様化した膜タンパク質で構成されており、個々の神経細胞ごとに異なるcPcdh遺伝子が確率的に発現していることから、神経細胞の個性化に関わっていると考えられています。以前の研究により、各cPcdh遺伝子は独自のプロモーター領域を持っており、培養細胞株において遺伝子発現とプロモーター領域のDNAメチル化状態が相関していることが報告されていました。しかし、生体内において、DNAメチル化がcPcdh遺伝子発現を制御するメカニズムは明らかになっていませんでした。
 本研究において私たちは、神経幹細胞が出現する以前のマウス胎生3日目から9日目にかけて、cPcdh遺伝子プロモーター領域がメチル基転移酵素Dnmt3bによってメチル化されることを発見しました。Dnmt3b欠損マウスは胎生致死となるため、Dnmt3b欠損胎仔の線維芽細胞からiPS細胞を樹立し、野生型の胚に注入することでキメラマウスを作製しました。単一神経細胞レベルでの解析により、個々の小脳プルキンエ細胞はDnmt3b欠損により樹状突起の重なりや束が多くなっており、cPcdh遺伝子の発現確率が増加していることが明らかになりました。cPcdh遺伝子は特異的なエンハンサーによって選択されて発現されることが知られています。本研究により、発生初期のDnmt3b依存的なDNAメチル化が、cPcdh遺伝子群のエンハンサーに依存した個々の神経細胞で異なる確率的発現を制御し、神経細胞の個性化や精緻な回路形成に関わることが明らかになりました(図)。
 本研究の知見は、細胞系譜による回路形成、Dnmt3b変異によるヒト遺伝病ICF(免疫不全、セントロメア不安定性、顔貌異常)症候群や精神疾患の解明に貢献することが期待されます。

Toyoda S., Kawaguchi M., Kobayashi T., Tarusawa E., Toyama T., Okano M., Oda M., Nakauchi H., Yoshimura Y., Sanbo M., Hirabayashi M., Hirayama T., Hirabayashi T., Yagi T. Developmental epigenetic modification regulates stochastic expression of clustered Protocadherin genes, generating single neuron diversity.
Neuron, 82, 94–108 (2014)

<図の説明>
胚盤胞においてcPcdh遺伝子群のプロモーター領域はメチル化されていない(白丸)が、初期の胚発生期にDnmt3bによって細胞ごとに異なるメチル化パターンが形成される(黒丸)。それにより、後に産生される個々の神経細胞において、細胞ごとに異なるcPcdh遺伝子がエンハンサー(赤丸)によって選択されて発現する。一方でDnmt3b欠損細胞はメチル化されず、個々の神経細胞ですべてのcPcdh遺伝子を発現してしまうため、神経細胞の個性化が起きない。

〈研究者の声〉
 本研究は筆者が大学院生として八木研究室に参加した当初から、継続して行ってきたものです。最初の3年間は、発生初期のDNAメチル化が個々の神経細胞ごとに異なるcPcdh遺伝子の発現に寄与しているのかは研究室内でも意見の分かれるところでした。しかし、iPS細胞を用いたキメラマウスの作製、ナノデバイスを応用した高感度な単一神経細胞レベルでの発現解析システムの開発により、証明することに成功しました。分子生物学、神経科学、発生・再生工学を組み合わせることで初めて可能となったものであり、ご協力頂きました八木研究室の皆様、共同研究者及び研究科内の先生方に心より感謝致します。

〈略歴〉
2008年岐阜大学工学部生命工学科卒業。2013年大阪大学大学院生命機能研究科修了、博士(理学)。同年より同博士研究員。